100号(2023年1月発行)

ECHO100号 特別企画座談会
血友病とのつきあい方~現状と未来~

2023年1月号 100号
  • 【進行】 小島 賢一 先生 医療法人財団 荻窪病院 血液凝固科 臨床心理士
  • 【パネリスト】 白幡 聡 先生 産業医科大学 名誉教授
    瀧 正志 先生 聖マリアンナ医科大学 名誉教授
    小野 織江 さん くらて病院 看護師
    吉川 喜美枝 さん 聖マリアンナ医科大学病院 看護部 師長

血友病患者さんとご家族のための情報誌『ECHO』は、本号で100号を迎えます。これまで『ECHO』の編集に携わってきたメンバーで「血友病とのつきあい方~現状と未来~」をテーマにディスカッションを行いました。

血友病とのつきあい方 ふりかえり

■ 白幡先生の解説:『ECHO』と血友病治療の変遷

  • 『ECHO』はもともと米国で創刊された冊子で、1984年4月、稲垣稔先生らのご尽力で日本語版発刊。
  •   ─ 自己注射(家庭注射)が承認され、止血治療における患者さんとご家族の役割が大きくなる中で、患者さんとご家族が必要な知識を身につけ、主体的に治療に向きあう意識を持つことに大きな役割を果たした。
  • 血友病治療は、1960年代のクリオプレシピテート製剤、1970年代の血漿由来凝固因子濃縮製剤以降、より安全で止血効果が高い製剤の開発に推移。
  •   ─ 1993年遺伝子組換え第Ⅷ因子製剤、1998年遺伝子組換え第Ⅸ因子製剤が発売。
  •   ─ 現在、半減期延長型製剤、第Ⅷ因子機能代替製剤が治療の主流。
  •   ─ インヒビターを有する患者さんに対するバイパス止血製剤も進歩。
  • 医療費公費負担の導入で、患者さんとご家族は医療費を心配せずに製剤を使えるようになった。
  • 一方、忘れてはならないのが、血友病治療の歴史の中で経験した薬害エイズと薬害肝炎。とくにあらたな治療が登場してきた時には、悲劇を繰り返さないための監視が重要。

当時、血友病領域で患者さんとご家族向けの情報誌はなく、『ECHO』日本語版の発刊は画期的なできごと!

白幡先生の解説:『ECHO』と血友病治療の変遷
白幡先生の解説:『ECHO』と血友病治療の変遷

小島:1984年に『ECHO』の日本語版が発刊されたのは、患者さんにとってさぞかし貴重な存在だったろうと思いますね。

小野:看護学校の教科書も、かつては血友病の記載は2行くらいだったと思います。その状態で私が血友病診療にかかわり出した1985年頃は、まだインターネットなどもない時代で、教材となったのが『ECHO』でした。白幡先生から、「これは看護師さんにも役立つ情報が多いから読んだらいいよ」と手渡されて、そのとおりに血友病への理解が深まっていったのを思い出します。

瀧:私が『ECHO』の編集委員を引き継ぐタイミングで小島先生、吉川さんにも編集委員になってもらって、それまでの流れを大切にしつつ、「オバマ(元)大統領流にいえばチェンジを試みよう」と思いました。『ECHO』を、血友病とともに生き、頑張っている患者さんが元気になれる雑誌にしたいと思いました。

吉川:製剤が進歩して、「一般の人と同じような生活ができるようになった」とはいっても、血友病の患者さんは消極的な人が多かったですからね。元気で頑張っている患者さんの姿を紹介できれば良いなと思っていました。

小野:白幡先生と私が編集委員だったときは、医療者目線で患者さんやご家族を啓発する内容でしたが、瀧先生たちに引き継がれてからは、『ECHO』は患者さんの想いを発信する重要なツールになったと思います。インターネットで「血友病」と検索しても得られない、患者さんが本当に欲しい情報が『ECHO』にはあると思います。

白幡先生の解説:『ECHO』と血友病治療の変遷

血友病とのつきあい方 今なお残る課題

■ 小島先生の解説:世代別の現状と課題

60代以上 一般の人と同じくフレイルの問題が生じてくる。運動習慣がなかった世代で、問題はより顕著かもしれない。認知機能が低下して自己注射ができるのか、施設入所はできるのかという不安が出てくる。
50代 少しずつ関節が悪化する一方、親の介護などの問題も出てくる時期。社会的責任が増え、会社や地域などでの役割も重くなり、血友病以外の通院や服薬も増えてくる。
40代 血友病に関係なく検査値異常が出始める。仕事は多忙で、通院より仕事を優先しがち。障害者枠ではなく一般採用枠で就職した患者さんも多い世代だが、関節症などで体調と仕事のバランスが難しくなってくる。
30代 結婚や子育て、キャリアプランなどを考える時期。体調を気にせず治療がおろそかになる人、無理を重ねて足首などに痛みがでる人も現れる。転勤、海外出張がふつうに命じられ、社会人、家庭人として悩むことも多い。
20代 とくに多忙。日本全体が人手不足で仕事の負担が大きい。血友病でもふつうに負担のある業務もするし、余暇でスポーツ・筋トレを楽しみたい人も多い。急な出血に注意。
10代 ひどい出血痛や血友病ゆえの制限もほとんど経験せずに成長した患者さんが増加。その分、痛みの判断、出血への意識が乏しく、スポーツ選択の問題、出血時対応の遅れや内科への移行、注射技術の低下の課題が生じている。
10代以下
乳幼児期
SNSなどの発達によって保護者が情報過多になり、信ぴょう性の低い情報に振り回されるケースも出てくる。一方で、保育園やママ友とのかかわり方はいつの時代も共通の悩み。
小島先生の解説:世代別の現状と課題

吉川:60代以上の施設入所の件ですが、高齢者施設の中には看護師が常駐せず静注製剤が使えないところもあるそうです。今後そうしたケースが増えていくかもしれません。40代以下の患者さんは一般採用枠の就職が増えて、大丈夫と思っていたけどやはり出血した、というのはよく聞きますね。

瀧:中高年の患者さんでは、少し内向的な傾向にある人がいるのが気になります。それがこのコロナ禍で、より表出されてきている気がします。

小島:たしかに、このコロナ禍になって、40代、50代で心理面が不安定になる人がいます。無気力というか、投げやりな感じで、それが輸注記録の漏れや受診の回避につながっているように思います。

白幡:コロナ禍との関係でいえば、一般の人と同様、生活スタイルが以前と変わって、結果として肥満が増えているのも問題ですね。

吉川:保護者は昔と変わらず一生懸命だと思いますが、SNSの発達で情報が得られるようになって、かつてほどの危機感は薄れてきた気がします。「患者会には入らなくても大丈夫」という人も増えました。

瀧:少なくとも小学校に入るぐらいまでは、先達の有益な意見を聞いて「じゃあ私はこうしよう」という判断をするのに役立ちますので、患者会に参加されるご家族は多いですね。書物に記載されていることと、実際に先達から聞くのとでは印象が違いますから。しかし、それ以降は患者会に参加される患者さんとご家族は少なくなる傾向にあります。患者会が衰退すると、あらたに診断された患者さんとご家族が必要な情報を入手できるかどうかも心配です。

小島:10代の患者さん自身も血友病と対峙せずに成長するようになり、患者会はもちろん医療関係者との関係も希薄になっています。白幡先生や瀧先生の時代は、血友病の主治医が「もう1人のお父さん」の役割でしたが、そういう関係ではなくなってきたことで、内科への移行が課題になっています。内科に移行する前から、自分の症状を伝えるという力を養っていくことが大切になるでしょうね。

小野:そういう意味では、いろいろな視点から見ても『ECHO』はやはり貴重な情報源になりますよね。患者さん発信の情報を届けられるというのはとても大事なことだと思います。

小島先生の解説:世代別の現状と課題

血友病とのつきあい方 これから

■ 瀧先生の解説:血友病治療の展望

血友病患者さんの生活

  • 製剤の進歩と定期補充療法の普及により、「血友病でも一般の人と変わらない生活を送ることが可能になった」といわれている。
  • 関節症の予防や出血ゼロの実現には「個別化治療」がカギ。
血友病患者さんの生活
  • 高齢化により高血圧や高脂血症、脳梗塞、糖尿病、慢性腎臓病、骨粗鬆症などの合併症も増加する。

一般の方に共通する問題だが、血友病患者さんの場合はより注意が必要。

瀧先生の解説:血友病治療の展望

血友病治療の今後

  • さらに半減期を延長した凝固因子製剤や、第Ⅷ因子凝固活性値40%以上をめざす製剤、遺伝子治療などの登場によって治療は進歩していくことが予想される。
  • 今後、血友病患者さんがどこに住んでいても、それぞれの患者さんに最適な治療を受けられる診療体制の実現に期待。
    ─全国各地域のブロック拠点病院、各県に設置した血友病診療中核病院、血友病診療連携施設の連携。

白幡:改良されたバイスペシフィック抗体製剤あるいは遺伝子治療の登場で、凝固因子活性値50%以上の維持も夢ではないかもしれません。さらに経口薬が登場したあかつきには、血友病の専門医は必要なくなるんじゃないですか。

瀧:いや、日常生活における出血が減少しても、手術時や重症出血には適切な止血管理が必要でしょう。専門的知識を持った医師が消えては困ると思います。

吉川:出血を想定した指導は、10年後も重要だと思います。治療が良くなっても、いざ出血したときに適切な対処ができるよう、軽症の患者さんも含め指導していく必要はあると思います。

瀧:たしかに、今後、抗体製剤が普及して患者さんやご家族が静脈注射を習得しないままだと、いざ出血して自宅で凝固因子製剤を打てないのは困りますね。

小島:たしかに、治療が進歩しても、自己解決能力を持つことは変わらず重要だと思います。何か突発的事態が発生したとき、自分で考え、解決していく力を養うという意味での教育、指導はこれから先も必要なんだろうなと思います。

小野:最近は看護師が中等症・軽症の患者さんに接する機会が減りましたから、どうやって指導の場を設けるかも考える必要があると思います。

瀧:あとは、仮に出血ゼロの治療が実現できても、今ある関節症は進行していきます。ですからこの10年で大事なことは、軽度な段階で関節症を見つけ、進行を抑制する適切な治療を行うことだと思います。

小島:20年後はいかがでしょう。

瀧:疼痛を伴わない治療法、経口薬や貼り薬の登場を期待します。患者さんは痛いのはいやなわけです。静脈注射のみならず皮下注射も痛みはありますから。注射製剤では疼痛を極力少なくするような技術革新も期待したいですね。

瀧先生の解説:血友病治療の展望

小島:20年後なら、関節症に対する足首や肘の人工関節も進歩しているでしょうか。

白幡:超高齢化で社会全体のニーズも大きいはずです。医療技術の進歩で、すでに関節症を抱えておられる患者さんがこの先、何十年も苦しまない未来になることを期待します。

小島:治療が進歩すると、血友病の診療体制も変わっていくとお考えですか。

白幡:これからの血友病診療連携は、患者さんとかかりつけ医、専門医の3者でオンライン面談をして治療方針を検討し、そこで解決できないことがあったら専門医を受診する形に変わるかもしれません。

小島:ありがとうございます。まだまだ解決すべき課題はありますが、血友病患者さんの未来は今とは違う生活、人生が待っていそうだと希望の持てる座談会であったと思います。最後に白幡先生、『ECHO』の未来についても予測をいただけますか。

瀧先生の解説:血友病治療の展望

白幡:『ECHO』の「E」はエデュケーション、教育を意味しています。血友病治療がさらに進歩する中、患者さんとそのご家族が血友病への理解を深め、自立していくための教育は一層重要となるはずです。そのためのツールとして、100号から先の『ECHO』の役割はますます大きくなっていくと思います。