97号(2020年2月発行)

Close Up あこがれの大人になるために。
留学で培った英語の力で、自分の世界を

留学で培った英語の力で、自分の世界を広げる

血友病A重症型の野村さんは、10代後半でカナダへ留学。英語を学び、海外の文化や習慣にふれてきました。帰国後は、留学先で身につけた英語を使う仕事に就いたのち、30歳を目前に転職。現在は税理士事務所の国際部に勤める野村さんに、留学してよかったことやこれから挑戦したいことなどについて伺いました。

  • カナダ留学で英語を学び、海外の文化も満喫

生後2ヵ月頃に出血が止まらなくなり、足がクリームパンのように腫れたので、病院に行ったら血友病だとわかったそうです。子どもの頃は体を動かすことが大好きで、親に止められても走ったりサッカーをしたりする、やんちゃな性格でした。自己注射を覚えたのは小学校5年生。それまでは、泊まりがけの学校行事に親が付き添ってくれていました。同学年の友達がハイキングをしているのに、私だけ親との別行動で、友達と一緒に何かをする機会を逃したことは、今も残念に思っています。

10代後半で、念願の海外留学を実現しました。留学の目的は英語の習得ですが、親元を離れて新しい環境に飛び込みたかったのかもしれません。まず夏休みを利用して短期留学に挑戦し、その翌々年から3年間、17歳から20歳までをカナダで過ごしました。最初の1年間は語学学校に通って英語を勉強し、その後現地の高校に入学して、たくさん友達ができました。みんなでパーティーをしたり、さらさらのパウダースノーでスノーボードをしたり、楽しい思い出がいっぱいあります。

特に印象深いのは、ホストファミリーとブドウ農園でアイスワイン用のブドウを収穫したことですね。アイスワインのブドウは、実った状態で凍っては溶けることを繰り返し、水分を蒸発させて糖度を高めてから収穫します。凍ったまま収穫しなければならないので、1月半ばの零下20°C、夜9時頃から真夜中にかけて極寒の作業でした。軍手を2枚重ねにして、ボトムも3枚くらい重ね着したのですが、足の感覚がなくなるほどの寒さで、最後には手も動かなくなるくらい過酷でした。このようなめったにできない経験を得ることができたのも、留学の醍醐味だったと思います。

  • 留学先に製剤を大量持参、大出血を経験するも注射で対応

カナダへ出発するときは、製剤を100本くらい、大きなスーツケースに入れて持参しました。加えて60センチ四方くらいの段ボールにもいっぱい詰めて送りました。その後は夏休みなどを利用して日本に戻り、受診しました。カナダ旅行に来たおじに製剤を持ってきてもらったこともありますが、翼付針がたくさん入っていたため税関で止められてしまい、主治医のドクターズレターを見せても通してもらえず、3時間動けなかったそうです。


また、留学中に一度だけ大出血しました。腸腰筋からの出血で、足がフラミンゴみたいに曲がった格好から伸ばせなくなってしまいました。こうなると注射をして安静にしておくしかないのですが、ホストファミリーにすごく心配されまして。たまたまホストマザーが看護師だったので、彼女が勤める病院の血液科を受診しましたが、案の定これといった処置もされず、レントゲン撮影のために⻑時間待たされてかえって痛みがひどくなる始末でした。結局症状が治まるまで1ヵ月かかりましたね。それ以外は、留学中に大きな出血はありませんでしたが、周りの方々のサポートなしでは乗り越えられなかった留学生活だと思います。

  • 帰国後は英語を活かして接客業に

大学卒業前に時間の余裕ができたので、アメリカ人向けの会員制クラブが運営するレストランでウエイターとして勤めるようになりました。もともとそのレストランで働いていた友人が、私の語学力を見込んで誘ってくれたのです。

広い店で、ホールで働くだけで毎日3〜5kmくらい歩いていました。関節を痛めたら仕事ができませんから、現在より注射を打つ頻度は高かったですね。


留学中に経験した、ホストファミリーや友達とのパーティーはとても楽しいものでした。そういう経験からか、飲食に関わる仕事は楽しくて、好きでした。英語が活かせましたし、店員もお客様もさまざまな国籍の方がいたので、多種多様な文化とふれあうこともできました。

  • 税理士を目指して転職し、資格取得のため勉強中

両親の勧めもあり、税理士か会計士になるために、大学では会計を専攻していました。飲食業は好きでしたが、税理士への思いもまだあり、30歳になる前にもう一度チャレンジしようと考えて転職しました。ウエイターのような立ち仕事は、将来的に体の負担が大きくなるというのも決断の理由のひとつです。

現在は税理士補助として勤めています。配属された国際部は、クライアントの多くが外資系企業の子会社や日本で会社を経営している外国人なので、この仕事も英語が必要です。私の業務は、経理資料から帳簿を付けて損益計算書や貸借対照表を作成し、クライアントに報告することです。外資系企業の子会社の場合、決算後の報告は海外の親会社への報告となりますから、英語で行います。そのほか、クライアントに日本の複雑な税金のしくみや年末調整などについて、英語で説明することもあります。専門用語も使いますし、制度のしくみも変わっていくので、常に勉強が必要ですね。

デスクワークになったため、体への負担は減り、注射を打つ回数も減りました。でも座っている時間が⻑いので、立ち上がった直後は足首の関節が動かしにくくて歩きづらいことがありますね。だから靴は重い革靴などではなく軽いものを選び、カバンはリュックサックにして、体への負担を少しでも減らしています。念のため会社に製剤を持参し、何かあったら会議室で注射しています。デスクワークで歩く距離が減ったせいか体重が増えつつあるので、なるべくエレベーターではなく階段を使い、姿勢を正してきれいに歩くよう心がけています。


現在、税理士の国家資格を取るために勉強中ですが、仕事が忙しく時間の捻出が課題です。税理士として力を発揮するには、専門知識を身につけるだけでなく、相手の話を理解し、自分の考えを伝えるコミュニケーション能力も必要だと思います。留学や前職でさまざまな国の人と関わった経験を、税理士としての職務にも活かしていきたいです。

  • 血友病患者だからこそ、国際感覚を育んで

運動不足の解消も兼ねて、ダンスができるようになりたいです。結婚したばかりの妻と一緒に踊れたらいいですね。外国の方は気軽に踊りますから、言葉だけでなくダンスでのコミュニケーションにも参加したいと思っています。これからも海外の方と接する機会を持ち続けて、国際感覚を磨いていきたいです。

定期補充療法のおかげで、血友病のせいでできないことは少なくなってきました。だから血友病のお子さんには、やりたいことをどんどんやってほしいですし、保護者の方もさせてあげてほしいですね。

留学も、血友病であることは障害になりません。製剤を持参する必要があるだけです。医療費が高額な国もありますから、病気やけがに注意が必要ですが、留学は自立して生活するいい機会です。日本に5,000人しかいない血友病患者だからこそ、さまざまな国の人と交流し、国際感覚を育んで自分の可能性を広げることが大切なのではないでしょうか。

血友病患者だからこそ、国際感覚を育んで
  • 最適な治療法や製剤輸注量・輸注回数は、患者さんごとに異なります。ご自身の治療については、主治医と十分にご相談ください。