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血友病患者さんとご家族のための情報誌「ECHO」

《close-up》

娘として、保因者として(1)

イメージ

木村和恵さんは、血友病A中等症の父・鈴木秀一さんの第一子として生まれました。確定保因者であり、看護師として活躍する医療従事者でもあります。父の鈴木さんは、仕事の傍ら、お子さんたちの活動に深く関わり、患者会にも積極的に携わるなど多彩な活動に取り組んでおり、和恵さんにとっては勉強や仕事の話が気軽にできる存在です。この度結婚し新たなスタートを切った和恵さんのこれまでの歩みやこれからの人生設計について、保因者である娘に対する鈴木さんの思い、和恵さんご自身の思いを伺いました。

子どもを持つこと、子育てについてどうお考えでしたか?

鈴木さん

鈴木さん

子どもが女の子ならば保因者であることはわかっていましたが、娘が産まれたときは、可哀想だとか気の毒だとかいう思いはなく、元気に産まれてよかったという喜びのほうが強かったです。当時から血友病医療は画期的に進歩するだろうと言われていましたので、私の孫の時代には血友病であっても問題は少ないだろうと考えていました。楽観的でしたね。その後息子が産まれましたが、もし子どもを持つことについて悩んでいたら、第二子は持たなかったでしょう。

子育ては楽しかったですね。血友病ということはありましたが、子どもたちの活動に積極的に関わりました。息子が加入していた少年野球チームの保護者代表を務めて、土日はチームの子どもたちの世話をしました。娘は吹奏楽部で、高校では地方大会や全国大会に出場しましたので、妻と会場に足を運んでは一生懸命応援したことがいい思い出となっています。

保因者であることの告知はどのようにされましたか?

鈴木さん

娘が中学生のときに交通事故で入院しまして、それをきっかけに私の病気や保因者であることについて話しました。同居していた私の母が保因者で、ぶつけたりすると皮下出血する姿を娘も見ていたので、理解してくれたのではないでしょうか。ただ、娘自身がどう感じていたのかは、親でもわかりません。

保因者であることの告知をどのように受け止められましたか?

和恵さん

父の病気や私が保因者であることについては、父から話がありました。なぜ父の手の甲によく絆創膏が貼ってあるのか、そのとき謎が解けました。ちょうど学校で伴性劣性遺伝についての授業があり、教科書に載っていた遺伝の例に、父と私を当てはめて理解したのを覚えています。まだ中学生でしたから、保因者であることに不安を抱くことはありませんでした。

なぜ看護師を目指したのですか?

鈴木さん

私はてっきり、父親が血友病患者で自身も保因者だから看護師の道を志したのかと思っていましたが、どうやら看護師のテレビドラマに憧れて自分もなろうと思ったらしいんですよ。それを聞いて、びっくりした記憶があります。

和恵さん

あれ?そんなこと言ったかな?私が看護師になったのは、子どもが好きで、子どもに関われる職業に就きたかったからです。高校受験を意識し始めた頃、公立の小児専門病院の設置を目指す署名運動があったことから小児専門病院の存在を知り、興味を持ちました。私の子どもが血友病だったときのために医療の知識をつけたい、という気持ちもありました。

L.JP.MKT.OH.03.2018.2909

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