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血友病患者さんとご家族のための情報誌「ECHO」

《close-up》

ウィークポイントはチャームポイント!かっこいい血友病患者になろう(1)

鈴木幸一さん

鈴木幸一さんは、ゲームやモバイルコンテンツ、映像コンテンツの企画・ストーリー作りから設計・サウンドデザインに至るまで、マルチメディアコンテンツの多岐にわたるお仕事をフリーランスでされています。非常に多忙なお仕事をこなす傍ら、大好きなディズニーランドに、よく奥様と一緒に遊びに行かれるそうです。時代の最先端をいくお仕事をされている鈴木さんに、ゲーム開発に携わるようになったきっかけや、「血友病に対する思い」などを伺いました。

自己注射を始めて自由な生活へ

血友病と診断されたのは、生後10ヵ月頃です。託児施設で指先を切ったときに出血が止まらなくなったのですが、母方の叔父が血友病だったことから、両親はすぐに血友病を考えたそうです。今でも、そのときの傷跡が残っています。

小学校低学年までは、出血すると両親の車で病院へ行き注射をしてもらい、売店でいちご牛乳を買ってもらって帰ってくる、という生活でした。11歳から自己注射を始め、生活は大きく変わりました。学校の保健室で注射できるようになったことで、通院のために学校を早退・遅刻することがなくなりましたし、自分でコントロールできる範囲が広くなったように思います。学校生活で不自由を感じたことはほとんどありませんでした。自己注射を始めた年齢が11歳というのは、当時は最年少記録だったそうです。

主治医の先生に教わったコンピュータのプログラミング

小学生の頃から、コンピュータに興味を持っていました。主治医の先生が、医局に当時マイコンと呼ばれていたパソコンを持ち込んで、カルテに検査結果などを張り付けられるソフトを作っていました。私も小学校4年生くらいからパソコンに触れるようになり、病院に行くたびに、先生に自分の作ったプログラムを採点してもらったり、海外の情報を教えてもらったりしていました。


主治医の先生に教わったコンピュータのプログラミング

この頃に公開された、ディズニー映画『トロン』で見た、実写とコンピュータグラフィックス(CG)の合成がとてもかっこよく思え、主治医の先生に借りた本を見ながらCGを作ってみると、ちゃんと図形が動く。プログラムを組むとすぐに結果が出るところが、すごく面白かったですね。ちょうど同人誌が出始めた頃で、パソコンショップではゲーム好きが集まって情報交換していました。小学生は、運動ができないとどうしてもクラスの中での立場が不利になることがありますが、そんなとき、コンピュータで表現するという、他の子にはできない自分だけの得意分野を持っていたのはとても大きかったと思います。

二足のわらじ生活を支えてくれた定期補充療法

中学生になると、自分でゲームのプログラムを組み始め、高校に入ってからは、それをゲーム会社にせっせと持ち込むようになりました。高校2年生のとき、持ち込んだ先の会社でゲーム制作の仕事を始め、学校と会社を往復する生活が始まりました。ところが高校3年生の春に終わるはずだった仕事が12月まで続いてしまい、そこから受験勉強を始めたので、志望校は不合格。この時期、大手ゲームメーカーの共同開発でCD-ROM搭載型のスーパーファミコンを製作するというプロジェクトが立ち上がっていて、その仕事に関わっていました。プレイステーションが発売される前のことです。当時のゲーム業界は混沌としたとても面白い時代で、浪人して業界から離れるのがもったいなく思え、そのままゲーム開発会社に入社しました。

翌年大学に合格し、会社勤めをしながら大学に通うことになりました。定期補充療法を始めたのがこの頃です。泊まりも多く、かなりハードな生活でしたので、会社に製剤を置いていたのですが、仕事に没頭して注射を忘れていると同僚が気付いて「注射打たなくていいの」と声をかけてくれました。若さもあったと思いますが、定期補充療法をしていたからこそ、学業と仕事の二足のわらじ生活ができたと思います。

お役立ち情報

  • 血友病輸注記録アプリFactorTrack
  • 血友病関節ビジュアライザー
  • 血友病患者さんのための情報誌「エコー」
  • かた丸くん忍法ナビ
  • ECHOミュージアム